バターリッチ・フィアンセ
花火を始めた頃は、私たちの他にも数組の宿泊客がいたはずなのに、気が付いてみればここには私と昴さんだけ。
それを意識した瞬間、夜風に揺れる木が葉を擦らせる音よりも、どこからか聞こえる虫の声よりも、自分の胸の高鳴りが一番、辺りに響いているような気がした。
「……こんな静かな花火もあるんですね」
二人しゃがんで見つめるオレンジの玉が、パチパチと光を散らすのを目で楽しみながら、私は呟く。
「織絵はこれ好き?」
「ええ、派手なのもよかったですけど、これも可愛くて好きです」
「……俺はキライ」
「どうしてですか?」
私が尋ねた瞬間、昴さんの持っていた線香花火のオレンジがぽとりと落ちて、そのまま地面の黒色に飲み込まれてしまった。
「今の、まだ終わってなかったのにな……ほんと、これ下手なんだ俺」
そう言って、昴さんは持っていた花火をバケツの水に放り込んだ。
「下手だから、嫌いなんですか?」
「それも、あるけど……まだ輝ける花火が、自分の手元がちょっと狂っただけで呆気なく落ちるの見るのがいやなんだ」
焦点の定まらない瞳で、切なげにそう言った昴さん。
今この瞬間の彼は、本当の……素顔の昴さんな気がする。
今の彼の言葉から何かをくみ取れないかと思ったけれど、ただ漠然とした寂しさみたいなものしか感じることができない。
その横顔を見つめているうちに、私のオレンジも徐々に小さくなっていて、しばらくすると、地面に落ちた。