年下の彼氏が優しい件
1時間目
キーンコーン カーンコーン
『はい。今日の授業はここまで。宿題は明後日までに取り組んでくるように。』
コンコン、と教科書を教卓の上でまとめる。
教室は、私の授業終了の言葉を受け、教科書を片付ける音や席を立つ音で少しずつ騒がしくなる。
騒がしくなりつつある教室に長居をする必要性がないため、私は素早く教室から出た。
『(今日の授業はこれで終わり。さて、家に帰ってお酒でも飲むかな。)』
あぁ、その前に明日の授業準備をしないといけないから、しばらくは学校に残ることになるんだろうな・・・。
いや、それは家ででも出来るから、今日集めた宿題の丸付けをしようか。
頭の中で今日の残りの予定を立てながら、研究室に戻る。
大谷美咲
24歳
秋涼(しゅうりょう)高等学校勤務の国語科教師
彼氏がいない上、浮いた話が一切ない
彼氏がいたことさえない
自分で言っていて悲しくなってくるほど、自分の経歴や過去はピンク色の話が一切ない。
これから先も、きっとないのだろう。
『(本当、言っていて悲しくなるわ。)』
築数十年もしている校舎なためか、ずいぶん重いドアを開けて、自らの居座っている研究室に入った。
国語科研究室というのは、理系の先生みたいに実験器具を置く必要がないため、部屋のほとんどは本で埋め尽くされている。
特に本を読むのが好きな私は授業の空き時間にこの本の山に埋もれていることが多々ある。
まぁ、自分の紹介はここまでにして。
古い椅子を引き、机に積まれた大量のプリントに手を伸ばした。
教員用の机の上に沢山散らばったペンのうち赤いペンを一つ取り、さっさと丸付けを始める。
「・・・せんせ、」
「・・・・、先生」
「・・大谷先生!」
『え、は、はい!』
いきなり大きな声で名前を呼ばれ、声が聞こえた方に視線を向けた。
集中しきっていたからか、すごく驚いてしまった。
集中しすぎると周りの声が聞こえなくなるから、この癖は直さないといけないな。
声のした方を見ると、私に声をかけたのは同じ国語教員であったことがわかった。
『すみません、集中していて、気が付きませんでした。何かありましたか。』
平然を装い、話しかけてきた要件を手短に聞くと、
その国語教員は、窓を指さして、苦笑いをした。
「大谷先生、もうこんな時間ですけれど、御帰りにならないのですか?」
『え・・・。』
そのまま指の指し示す方へ視線を向けると、外はすっかり真っ暗だった。
窓の近くにかけられた時計を見ると、時刻は7時を指している。
私が授業を終えた時刻は3時半だったことから、3時間半は集中し通しだったことがわかる。
「こんな時間まで、何をされていたのですか?」
『授業で集めたプリントの採点を。』
採点といっても、元々するつもりだったものも終わり、気が付けば小テストまで作っていた。
「大谷先生の集中力、本当すごいですよね。」
感心します、とにっこりと笑う国語教員は、ほんわか系のかわいらしい服が似合う守ってあげたくなるような可愛い新米教員だ。
名前は野原桜
うん、名前も可愛いよ。
『声をかけていただいて、ありがとうございます。』
そろそろ帰らないとな、と席から立ち上がる。
軽く伸びをして、家でする分の仕事を鞄に入れてから、野原先生に声をかけた。
野原先生はまだクラブの管理があるらしいので、一人で学校を後にした。