年下の彼氏が優しい件
ほうっておけなかったと言ったほうが正しい。
顔が思ったよりも若かったこともあったし、
何より警察はやめてくれと言う割に、悪い奴には見えなかったから。
とりあえず、身体についている泥はタオルで拭いて、
血が出ているところは消毒をしてからガーゼを当て、包帯で巻いていく。
打撲しているところは、とりあえずシップを貼ってから、
普段自分が着ているものより大きめのフリーサイズのシャツを着せ、これまた自分が穿いている中でもぶかぶかのスエットを穿かせた。
そして寝かせないといけないので、私のベッドで寝かせる。
家に運ぶまでに分かっていたことだが、倒れていたその人は男の人で、おそらく伸長は170センチ後半ほどもある。
よって、私の服を着ると少し窮屈そうに見えるほど、私とは大分体格差がある。
顔を見てみると、この男の人は随分若いことがわかる。
いや、もしかしたら童顔なのかもしれないけど。
『とりあえず、目が覚めるまで看病をするしかない、か。』
少しだけ熱も出てきているため、冷えピタを額に貼ってやり、ポカリスエットも枕元に置いておく。
まったく、ご飯を食べる気もうせてしまった。
ごはんを作る必要がなくなり、仕方がないので、明日の学校で必要な授業準備だけはしておこうと、仕事部屋からリビングのテーブルにパソコンを移動させ、男の人が見える位置で明日の授業準備をすることにする。
まったく、大変なものを拾ってしまった…
男の人の今後のことで頭を悩ませはするが、それよりも明日までに授業で使う指導案を作成しておかないといけないので、頭から男の人のことを無理矢理追い出し、指導案作成に没頭することにした。
カタカタとパソコンに打ち込む作業とどれほど続けていただろうか。
暫く集中してパソコンに向かっていた。
「・・・ん、」
ごそごそ、と物音がして、そちらの方を見た。
パソコンの方に没頭していたが、一応ベッドの方にも気を配っていた。
ベッドの上の男の人が身動ぎしたことに気が付き、手を一旦止め、ベッドに視線を向けた。
『気が付いた?』
私が声をかけると、男の人は眼を薄らと開け、何度か瞬きした。
目が覚めたということが分かり、椅子から立ち、テーブルを離れてベッドに近づいた。
『どう?どこか痛くない?』
ベッドのそばで男の人に声をかけると、その男の人は私をすこしぼーっと見た後、バッと目を見開いて上体を一気に起こした。
「お、お前誰d・・・っ」
最後まで言葉を発する前に、男の人はお腹を押さえて唸った。
『お腹の痣が酷かったんだよ。あまり暴れ無い方がいい。』
背中に手を添えて、上体を支える。
それでも、男の人は私を睨みつけた。
「ここはどこだ。お前は・・・」
『私は大谷美咲。ここは私の家で、倒れていた君をここまで運んできて一応手当をした。』
「そうか・・・。悪かったな、迷惑をかけた。」
それだけ簡潔に言うと、男の人はベッドから出ようとする。
『待て待て。何してるの。君は大分血も出ていたし、打撲も酷いんだよ。もう少し安静にしていないといけない。』
慌てて男の人を止めると、私を少し睨み、手を振り払った。
「離してくれ。俺は今から行かないといけないところがあるんだ。」
『行かないといけないところ?それは、今すぐに行かないといけないところなの?』
「そうだ。早く行かないと綾子が・・・」
男の人はそれだけ言うと、フラリとベッドから立ち上がった。
綾子が誰なのかわからないし、彼にどんな事情があって、何があったのかも分からないが、彼には何かしら大切な用事があるらしい。
所々血が出ていて、身体もボロボロで、体中打撲があるはずなのに、
彼の眼力は鋭く、意志が強く、どうしてもベッドに戻ることはないだろう。
『言っても聞かないみたいだね。・・・分かった。それじゃあちょっと待って。』
まったく聞く耳を持たない男の人に、取りあえず待つように言い、隣の部屋から救急箱を取ってくる。
私に出来ることは、彼の応急補助しかない。
彼が何処に行くかはわからないが、少しでも身体に負担がかからないようにするだけだ。
私が待ってと言ったように、その場で自分の服に着替えて私を待つ男の人は、無茶苦茶なように見えて、意外と律儀なイメージを持たせる。
『ちょっとベッドに腰掛けて。』
「いや、急いで行かないと・・・。」
『今のままだと、すぐにへばるよ。少し補強するだけだから。』
「そこまで迷惑は『私にそんな気を遣うくらいなら、補強くらいさせなさい。』
じ、と男の人を見つめると、男の人は数秒私と目を合わせたあと、
わかった、と言った。
そのままおとなしくベッドに座りなおしたので、私も黙って足元にしゃがみ、素早くお腹の包帯を取っていく。
「・・・お人好しすぎんだろ。お前。」
『職業柄、世話焼きなのよ。』
こうして世話を焼くのが好きだから、教員っていう仕事をしているんだし。
それ以上話す気配がない男の人と同様、私も無言で包帯を巻き続けた。