トレモロホリディ
「ねぇ、壮真君」


梨香ちゃんがブスッとした顔で俺を呼ぶ。


「どうしたの?」


その顔のワケはもちろんわかっているけれど。


「あの子、誰なの?」


「あの子って?」


「わかってるくせに」


まぁね。


梨香ちゃんは同業者がミナトと話すことには抵抗なくても、OLさんなんかと話しているのは耐えられないんだ。


お客さんには手を出さない。


それがボーイズバーの暗黙のルール。


飲み屋に勤めている子なら、みんなが知っている常識だ。


でも、ミナちゃんはそんなことを知らない普通の子。


俺達とは違う、普通の世界で暮らしている子。


普通って言葉に、俺達はやけに憧れがあるんだ。


この夜の世界はやっぱり、普通とは少しかけ離れた場所にあるから。


もちろん、自分の仕事には誇りを持っているけど。


でも、心のどこかで。


引け目を感じている自分がいたりするんだよな。

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