あたたかい場所

「それから事務所に通い詰めて、デビューってものが目に見えるようになった。

俺たちは誰も大学に行かなかったから、毎日暇で、その点で話が進むのも早かったよ。


そんな時だった、陸の親父さんが倒れたのは」

「倒れた?」


「うん、陸の実家は郊外の旅館で、親父さんが経営者だった。

お袋さんと数少ない仲居さんで支えてたらしいけど、親父さんは疲労で倒れてしばらく入院することになったんだ。

陸のところに、帰って来いって連絡が来るのは必然的な事だった。


陸には、その時中学生の弟と小学生の妹がいたんだ。

でも学校はあるし、旅館の仕事を手伝えるわけでもない、その上進学やらで色々とお金が掛かる。

旅館を続けるためには、陸が帰って来ることが一番の方法だったんだ。




それに陸は、音楽をすることを反対されてた。

大学に行かないって言ったときも、大喧嘩になったらしい。
デビューできそうだって報告しても、喜んではくれなかったらしい。

確かに、売れない場合もあるし、安定はしていないから、反対するのも無理はないよな。


陸も、苦しかったんだと思う。

俺たちは陸に裏切られたなんて思ってないけど、やっぱり、悲しかったよ。


陸とは今でも連絡を取ってる。

あいつは、いい奴だよ。今は結婚して旅館も繁盛してる」



翔さんは、とても優しい目をしていた。
< 281 / 290 >

この作品をシェア

pagetop