老いたる源氏

夕霧4

「宮と同じに出家した元の小侍従がすべてを語りました。あの
恋文が源氏殿に見つかりさえしなければと泣き崩れておりました」

老いたる源氏は観念したかのようにか細い声で、
「そうか・・・」
そう言ってうつむいたままじっと目を閉じておられます。

日は少し西に傾いてきました。しんみりとした長い沈黙が流れます。
夕霧も自酌するとすぐに一飲みしじっと沈黙に耐えています。
ついに老いたる源氏の重い口が開きました。

「そういうことだ。・・・恋文を見つけた時にすべてを悟った。がしかし
わしひとりの胸に秘めておけばどうってことはない、桐壷帝のようにと
はじめは思った。懐妊を知るまでは」

夕霧は静かに首を横に振ります。柏木の無念さと源氏の宿世の残酷さに
おののいて思わず涙がほほを伝います。

「懐妊の知らせは地獄の電撃じゃった。過去遠遠劫からのわしの宿世。
どうしても断ち切ることのできぬわしの罪業ここに極まった。
どう計算しても間違いない。柏木の子じゃ。まさに電撃じゃった」

涙にくれる老いたる源氏を哀れとも不憫とも思いながら
夕霧は暖かく父の告白を包みます。

「朱雀院の五十の祝いに」
「病身の柏木を無理やり呼び出して痛烈な皮肉を浴びせた」
「なんと申されたのですか?」
「ううう」
老いたる源氏が涙にくれます。

夕霧が代わりにつぎのようにこたえました。
「わしの権力と神通力でお前を呪い殺してやる!」
「うう、そうじゃ、言葉こそ違え心は魂の怒りそのものじゃった」

「乳母の話では生まれたばかりの若宮をお抱きにもなさらなかった」
「抱けるものかあの時は」

「女三ノ宮はその冷たい仕打ちに出家を決意なさった」
「そうじゃ。わしの知らぬ間に父朱雀院に泣きついて」
「院も辛かったでしょう」

「あの時はみんなが辛かった宿命の嵐にどこもかしこも涙涙、
涙そうそう。あまりの苦しみの極みに涙の笑いがこみあげて
くるほどじゃったよ」

老いたる源氏の顔は涙にぬれてあまりの苦しさにゆがみ
見えぬ眼が空をにらみ横から見ると笑ってるように見えました。
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