老いたる源氏

玉鬘3

「お前の父内大臣にはずっと内緒にしておった。筑紫から逃れてきて
侍女の右近と出くわしたのは初瀬の観音のおぼしめし」

「今でも不思議でなりません」
「当時の内大臣はの、姫君たちをあまり大切にはしておられなんだ」
「だから私を養女に」
「まさにそのとおり」

「うそ、言い寄ってきたではありませぬか」
「ほんとじゃ。その証拠に裳着の式の前にすべてを内大臣に打ち明けた。
裳の腰ひもを結ぶ役目をこの時に内大臣にお願いしたのじゃ」

「うすうす気づいてはおりました。今でも心から感謝いたしております
心からのお心配りを」

「いやいや、夕霧までもがお前を慕っておったのにあの髭黒に、
みんなが落胆した。わしも」
「もううんざりです、色恋は。幸せですよ主人が亡くなってから後も
五人の子供に大わらわ」

「そうじゃった。将来が楽しみじゃの。今日は?」
「乳母と義母が面倒見てますよ。夕霧様の子と薫の君もよい遊び相手です。
薫の君は亡き兄によく似ておられますので時々どきっといたします」

『どきっとするのはこっちのほうじゃ』
そう思いながら源氏はすっと徳利に手を伸ばし自酌します。

「まあ、まるで目が見えるよう!」
「なあになれじゃなれじゃ。厠も庵の周りを歩むのも一人でできる。人生喜び
もどんなに悲しい出来事もすべてなれじゃ慣れてしまえばどうってことないわ」
「さすが父君すごい悟りでございますね」
「ふん」

日は西に少し傾き和やかな父娘の語らいが嵯峨野の風に
涼しげに続きます。お市が瓜を切って運んできます。
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