老いたる源氏

明石の中宮4

「久しぶりの都はいかがでしたか。紫上様は?」
「いやたまげた。美しくなりおってと正直思ったよ」
「でしょう。ほんとにきれいなお優しいお方でしたから義母(はは)上は」

「いや、今でもすまぬと思っておる。入道殿の一念はさらに激しさを増して
わしに迫ってきたからじゃ、今思えば」
「といいますと?」

「入道殿は大堰に山荘をお持ちであった。財に任せてさらにこの山荘を飾りたて
母と娘をお住まわせになった。しかし所詮は受領の娘わしが即位せぬ限り中宮に
もなれやせぬ。ならば孫娘をとその一念のすさまじさ、それに負けて姫君をわし
の養女にすることにした。それなら中宮になる可能性は非常に高まるからな」

「それで紫上様のもとへ」
「そういうことじゃ。つらかったのう。すまん」
「冷泉帝が即位されたときに」
「その時に入道殿が枕元に」
「嘘でしょう?」
「うそじゃ」
ここでまた老いたる源氏はがぶりと白湯をのまれました。

「私がまだ三つの時でした。母上ここへお乗りくださいと言っても牛車には
お乗りになりませんでした。もう忘れました」
中宮の目がにじんでくる。それを振り払うかのように明るい声で、

「紫上様があまりにお優しかったのでもう虜になりました。泣き止まぬ私に
出ぬ乳を含んで泣き疲れて私が眠るまで、あとでよくお聞きしました。お子
のない紫上様の心根に何かを感じてすぐに私は全てを受け入れることができ
ました。こういうことはおそらく母の血なのでしょうね」

「そのような素直さは、間違いなく母御明石の君の血じゃ」
「母とは八年ぶりにお会いしました」
「中宮として入内するときじゃな」
「母は中宮付の世話役として、紫上のご配慮によります、心から感謝して
おりますよ父上」

「しかし母御はよく八年も、御心労をおかけしてほんとにすまん」
「いえいえ母も心から感謝しています父上に、いや、義母紫上様にも。父
入道のかつての願いがすべて成就されたのですから」

「それは一族の念願。一族の中から中宮を出して皇族となることか?」
「さようでございます」
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