老いたる源氏

雲隠れ3

酒と肴が運ばれてきました。

「どこまで話したかのう?」
「四十余年 未顕真実でございました」
「そうじゃそうじゃ。それは無量義経。正直捨方便 但説無上道 これは方便品。
法華経が説かれる最初の経典で今に至る四十余年未だ真実を顕さずということは」

「これからが真実の法なのだということ?」
「そのとおり」
「釈迦は最初に華厳経という難しい法を説いたが皆何のことかわからなかったと
いうことでしたね」

「そこで阿含とか方等とかの低い教えから入りなおした。色即是空とかこの世の
無常から説き始めたのや。早合点した輩はそれが仏の教えやと思って後があるのに
さっさと自分の宗派を起こしてしもた」

「そこで四十余年 未顕真実」
「そや、さらに次の次の方便品で正直に方便を捨てて 但無上道を説く という
わけやさらに宝塔品で多宝如来はこれはすべて真実だから余経を一偈も受けるな
と叫ばれたんや」

「今までの教えはみんな嘘?」
「そのとおり。今までのは皆誰かが質問されて佛がそれに答えるという形じゃったが
法華経は違う。佛自らが最後の法をお説き始められたのじゃ」
「ほう」

「外に目を向けるより内、内とは仏教のことじゃ。その中でもたくさんの民衆を救う
大乗経すぐれたり」
「なるほど」
「大乗経の中でも権経より実経すぐれたり。実教とは」
「法華経のことですか?」
「そういうことよ」

大きくうなづきながらお二人はお酒を酌み交わし肴に手を付けておられます。
まるで目が見えておられるような源氏様です。
草葉の陰から紫の上様がそっと覗いておられるような、そんな淡い昼の日差しです。
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