老いたる源氏

冷泉院5

「あの時の絵巻物は?」
「藤壺の宮のもとに。・・・・その年明けて宮は死んだ」
「・・・・・」
「重体なのに身をおこし、御君冷泉帝への忠義を謝して、この腕に抱かれて
静かに息を引き取った。・・・わしが三十二、宮三十七、君十四の時」

しんみりとした時が流れていきます。
日は西に少し傾いてきています。

「今思えば宮の出家は御君冷泉を守るため、宮はわしより御君を取ったのじゃ。
わしは悲嘆にくれたが何とわからず屋だったかと恥ずかしい。もし事が知れて
いたら、わしも宮も冷泉も生きてはおられんかったろう。あまりにも恐ろし」

「あまりにも恐ろしゅうございます」
「そうよの、それからは我が子冷泉のために二人力を合わせて尽力した。
梅壺の女御の入内も絵合もすべて弘徽殿から御君をまもるため。それを察して
藤壺の中宮は静かに息を引き取った・・・」

「そのあと叡山の僧に出生の秘密を聞きました。大原野の鷹狩の時意を決して
初めて父君と思ってお声掛けをしました」

「あの時の緋色の衣は目にやきついておる。帝の言葉とはいえ譲位はいかがな
ものかと断ったの。この時秘密を知ったと悟った、そこで御君は准太政天皇に
わしを格上げしよった。これで少しは気が楽になったのお互いに」

「御意にございます」

二人の笑い声が嵯峨野に響く。
冬の淡い日差しは暮れかかり、山の端が影を帯びてきます。

父子は嵯峨野の片隅で宿世の露を払いつつ面影宮の
天覆う熱き血潮に包まれて思い出深き中宮の笑みと声音
を聞きながら牛車見送る、老いたる源氏の影姿。
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