君と歩く未知
 アタシの涙が収まった頃、カズくんはスッとアタシから離れた。
アタシは言わなきゃならないって思った。
カズくんにちゃんと伝えなきゃならないことがある…
もうこれ以上カズくんを苦しめないためにも…
さようならをしなくちゃならない。
 アタシは心を落ち着けて顔を上げた。
カズくんと目を合わせると、心臓の鼓動が早くなっていくのがわかった。
アタシが最初の一言を口にしようと思い口を開くと、カズくんがそれをさえぎった。
「弥生は何も言わなくて良いよ」
アタシが驚いて目を見開くと、カズくんはまだ涙で潤んだ目でニッコリ笑った。
「何て言うのかな…以心伝心?弥生が何て言おうとしてるかわかるんだ。…弥生はもう苦しい思いしたんだから、今度はオレが言うよ…」
 カズくんはアタシの目を見て、今までにアタシが聞いたカズくんの声の中で一番穏やかな声でアタシに告げた。
「弥生、別れよう」
薄暗くなった部屋の中にカズくんの優しい顔が浮かび上がる…
それは愛しいカズくん…
いつまでも、アタシの傍にいて欲しかった。
でも、今アタシたちは離れようとしてる…
「…弥生のこと、嫌いじゃないよ。…でもオレと一緒にいたら、弥生は赤ちゃんのこと思い出して辛いだろ?…だから、別れなきゃいけないって思うんだ」
アタシはうつむいてカズくんの話を聞いた。
「弥生と過ごして幸せだった…オレにとって、こんな幸せな日々はもう二度とないと思うんだ…。弥生には、もっともっと幸せになって欲しい」
アタシは顔を上げた。
「弥生は…どう思う?」
アタシは優しく微笑んでから言った。
「アタシも…そう思う。カズくんにとっても、アタシと一緒にいると辛いだけだと思うから…」
カズくんは笑って立ち上がった。
「じゃあ、バイバイ」
アタシは座ったまま手を振った。
「おう、幸せになれよ」
カズくんが差し出した手をアタシは弱く握った。
するとカズくんはもっと強くアタシの手を握ってくれた。
「カズくんこそ、幸せにならなきゃ許さないからねっ!」
アタシがそう言うと、カズくんはスッと手を離した。
そしてカズくんはくるっとアタシに背中を向けた。
「じゃあな」
そう言ったカズくんはもう振り返ることはなかった。
ドアがゆっくり閉まるのを確認してアタシは涙を零した。
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