好きと言えなくて
静かに、様子をうかがう
越智さんが正義のことを好きでいようが、告白しようが、私たちの関係はそう簡単には崩れない。

しばらくは黙って、様子をうかがうしかないな。

私は、少々のことでは動じないし、正義も、大丈夫……やんな?

今日も、私の作ったお弁当と軽トラの鍵を持ってでかける後ろ姿を黙って見送った。

「こんにちは」

正義が出かけてしばらくしてから、聞き覚えのある、男性の声が聞こえた。

「まいどまいど」

社長が事務所から、店先に飛び出した。声の主はプラスチックメーカーの営業さんだ。うちの店に並べているバケツやゴミ箱などは、ほとんどこのメーカーの物だ。

「松山さん、まいど」

「こんにちは。お世話になります」

事務所内の小さな応接スペースに案内した。今日は、見かけない若い男性も一緒だった。

「葉子ちゃん」

お茶を出していると、社長に声をかけられた。

「営業さん、新しい人にかわるんや」

「松山さん、今までお世話になりました。今日から、西条が担当になりますので、よろしくお願いします」

「西条善臣です。よろしくお願いします」

新しく担当になる、西条と名乗る男性が、スッと手を出した。

「松山葉子です。よろしくお願いします」

男らしい大きな手ではあったが、営業さんらしく爪まで綺麗に手入れされているのがわかった。私は、綺麗な手に目をやりながら握手を交わした。

「綺麗で細い指ですね。強く握ったら、折れてしまいそうだ」

そんなふうに言われたことがなくて、頬が熱くなった。

「西条くん、さっそく葉子ちゃんを口説きにかかってるんか?」

社長がガハハと笑った。

「綺麗な方だったので、つい……」

そう言って笑う西条さんの、歯並びのいい綺麗な歯が光った。なんだか、大人の男性に思えた。

私は、子どものような笑顔を見せたときの、正義のかわいい八重歯を思い出した。


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