好きと言えなくて
駐車場に車を止めて、車外に出るとすぐ、太くんが私の手を握った。

逃げて帰ろうにも、近くに駅もバス停もない。お金も、少ししか持っていない。
もう、後戻りはできへん。

太くんが部屋を選ぶ。エレベーターに乗りこむと同時に、私にキスをしてきた。私も……それを受け入れた。

部屋に入ると、強く抱きしめられた。

「シャワー、浴びようか?」

耳元で囁かれ、鼓動が早くなる。

「葉子ちゃん、ええ匂いするから……やっぱりこのまま抱いても、いい?」

太くんは私の返事を聞かずに、ゆっくりとベッドに移動した。そっと私を倒すと首筋を丁寧になぞった。

「正義……」

「えっ? 今、なんて?」

太くんの動きが止まった。どうやら無意識に正義の名前を呼んでしまったようだ。

「太くん、いっぱい抱きしめて?」

自分から太くんを誘う。しばらく無言でみつめ合うと、太くんが柔らかい笑みを見せ、私にキスをくれた。上唇に軽く触れて、下唇を優しく噛んで、舌を入れようとした。

いつの間にか、キスも大人になっている。私は、唇を閉じたまま、わざと焦らした。

「焦らすやなんて……葉子ちゃん、大人になったな」

「太くんこそ……」

ふたり、目を合わせてふふふと笑い合った。

「太くん、好き」

そんな言葉が、自然と漏れた。

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