好きと言えなくて
「あ! 誰か帰ってくるやろうし……キスしてる場合やないな」

恥ずかしくなって、咄嗟に口走った。

「大丈夫。オレ、家族いてないねん」

「え……」

「母さんは、オレの命と引き換えに亡くなって。男手ひとつで育ててくれた父さんも、高三のときに。それでオレは卒業と同時に、ナニワヤで雇ってもらってん」

今まで正義が家族の話をしなかったのは、そういうことやったんか。こんな広い家にひとりで住んでいるのも……。

「そっか……ほな……」

私は、自分から正義を引き寄せて抱きしめた。正義は、いつも明るく笑顔でいるけれど、家に帰れば広い家でひとりぼっちなんや……。

私が一緒にいてあげやな、あかん。
私が、守ってあげやな……そう思った。

「正義、私のこと……好き?」

「葉子さん、めっちゃ好き」

抱きしめた耳元で囁くと、すぐに返事があった。

「ありがとう。ほな……」

好きな人に『好き』も言えない私が、自分でも驚くようなひと言を囁いた。

「えっ!?」

私からのひと言に正義は驚きのあまり飛び上がった。小動物のような目をくりくりさせながら。

「もう二度と言わへんよ、こんなこと」

< 92 / 93 >

この作品をシェア

pagetop