マルカポーネの心配事
木曜の夜
ダッシュで帰って来た由紀は、必死の形相で大掃除。
「マルちゃんごめん。矢沢さんが来る!」
脱いだコートをベッドの上に放り投げ
ついでに俺をゲージから出し「走ってもいいけど荒さないように」いつもの、のほほんとした表情をキリリと別人にして俺に言う。
荒すなって言われたら
荒したくなる
男が来るってわかったら
余計にね。
時計を見ながら掃除機をかけ
それからモップをかける由紀。
おもしろくねー。
モップ大好きな俺は、いつものようにモップにかじりつき掃除の邪魔。
いつもなら
『こらマルちゃん』って、由紀は困り顔で笑いながら俺を抱き上げ、俺はキュートな顔で由紀を見て、由紀は『カワイイから許す』と、バカップル丸出しな会話をするんだけれど
本日は
「マルカポーネ!邪魔っ!」
脳天に響くような声を出し、由紀はカーリングでもするように腰をかがめてモップを前後に素早く動かし、俺の身体はモップから離れて滑ってゴミ箱へとスマッシュ。
俺をフルネームで呼ぶ時は危険信号。
由紀の頭は男でいっぱい。
あちこち片付け
玄関からまた全体チェック。
「もう来るからゴメンね」
素早くゲージに俺を戻し、エサもゲージにインしてくれる。
ゲージから出せ!
昼も夜もこの中は嫌だー!
「あ、課長からもらったお土産があった」
思い出したように由紀はバックから犬用おもちゃを取り出し、ゲージに入れる。
え?何?
何コレ?かじっていいの?
ボール?ピンクのボール?
鼻で転がしたら音がするよ。
え?
いいの?かじっていいの?
転がしていいのかよ。
うっひょーい!
犬仲間の課長がくれたのか?
ドッグランで会ったよな。よろしく言っとけよ。
エサに目もくれず前足でコロコロ遊んでしまう。
「しょせん犬だよねー」小声で由紀が言ったらしいけど、俺の耳には入らなかった。