マルカポーネの心配事
男は泊まらなかった。

泊まらないけど帰り際

「悪い。金貸して」って由紀に言う。

金?
俺のシッポがピクリと動く。

「次に会った時返すから」
頭を下げられ、由紀は財布を取り出し「ごめん。私もあまり入ってなかった」そう言って、万札を一枚と千円札を2枚引き出す。

おい。金はダメだ。
絶対返らないぞ。
それは貸すな。クセになる。カモにされる。

俺はゲージの中で吠え続ける。

「マルちゃん?」
急に吠え始めた俺を振り返り、動きを止めていると

「るっせーなバカ犬」
俺に見透かされてるのがわかるのか、男は本気で嫌な顔をして俺をにらむ。

上等じゃん!
由紀!金を渡すな。
俺、俺の顔を見ろ!ゲージを開けろ!
俺だけを見ろ!

ゲージの中で走り回り
ガンガン吠えてガンガン唸る。

「マルちゃんどうしたの」
心配そうに俺を見る。
そうだ由紀。そのままこっちに来い。
ゲージを開けたら、この自慢の犬歯で男を半殺しにしてやる。

「バカ犬は放っておけ」
男の怒鳴るような声に由紀は怯え、肩をすくめた時、荒々しく男は由紀の手から札を取り上げた。

「また来る」
帰り際にオマケのようなキスをして男は帰り、俺は肩を落として吠えるのを止めた。

疲れ果て
怒りが悲しみに変わる。

「お腹でも壊したかな」
由紀は俺に駆け寄りゲージを開き、俺を抱きしめる。

「グッタリしてる。吠えすぎだよ。大丈夫かな」
優しく抱きしめる由紀に、やっぱり俺は泣く。

俺がお前と言葉が通じたらいいのに

一瞬でいい
5分だけでもいいから

言葉が通じたらいいのに。

「くぅーん」

「寂しかった?ごめんね」

温かい腕の中が余計に切なかった。

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