これが、あたしの彼氏です。【完】
その後、矢沢君の後を置いて行かれないようにあたしは小走りで付いて行き、特にこれと言った話題もなくグッドタイミングでやって来た電車にストンと乗り込んだ。
「お前、風邪はもう大丈夫なのか」
「え、あ。……うん」
「ふーん、そうか」
「うん、」
不意に矢沢君の口から出た「風邪」って言葉に、あたしは一瞬ろくでもないことをパッと思い出してしまった。
「…………」
あの日、矢沢君が寝言で言っていた一言が、あたしの頭を瞬時によぎる。
あの女の人の名前を思い出せば思い出すほど矢沢君との関係性を想像してしまって、一体誰なんだろう、どういう関係なんだろうと色んな事を一人でグルグル考える度に胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚に陥った。
「…………」
当然の如くあたしは、何でいきなり矢沢君の口からその人の名前が出たのかなんて、全くもって分かる訳がない。
だからこそ胸がモヤモヤとして、物凄くその人の存在が気になっている。
―――――不意にポロリと、矢沢君の口から女の人の名前が出ただけなのに。
あたしはそんな事だけで、どうも居た堪れない気持ちでいっぱいになっている。
どうしようもなくツキンと痛む胸を抑えながらそっと矢沢君の方へ視線を移すと、まるでそれを察したかのようにいきなりあたしと矢沢君の視線がパチッと重なった。