これが、あたしの彼氏です。【完】
あんなところでまさか偶然接する事が出来るなんて想像もしていなかったし、正面衝突したことだってきっとミラクルに近いんじゃないだろうかと思う。
先輩とお話するだなんて夢のまた夢の話だろうと思っていたし、それこそ名前なんてあたしだけが知っていればそれで良いと思っていた。
「……んふ」
今日のあたしはきっと幸せ者に違いない。あたしをパシリ扱いにした矢沢君にもほんの少しだけ感謝をしなくては。矢沢君のあのメールがなかったら購買なんて行ってなかったし、先輩とも接点を持てていなかったのだから。
「お前。顔が歪んでる」
にやけてると言ってほしい。
「何かあったのか」
「…えっ!?あ、いや別に」
あたしのにやけている顔を見た矢沢君が眉間に皺を寄せながら問いかけてくる。
「へぇ。すげぇご機嫌良いじゃねぇか」
「いや、そ、そんなことないよ…」
「……ふーん。ついさっき、何かあったんだろ」
「え!べ、別に何もない…けど」
「屋上に来るのが遅かったもんなあ」
別に悪いことをしたわけでもないのに、冷や汗がダラダラとこめかみを流れて来そうな感覚に陥ってしまう。
「………」
「………へぇ」
「…………な、何?」
矢沢君がじっとりとした視線であたしを見つめて来て目を離そうとしない。目が泳いでいるであろう私の顔を見て、一瞬スッと目を細めたかと思うと、
「……久瀬か」
ギクリ、と背筋を固まらせる一言が返ってきた。
「えっ!?何で…!?ち、違うよ!」
「…ふーん。久瀬。久瀬かよ」
「だから、違う…!」
「気付かれたくなかったら、もっと上手く隠せ」
まともに反論出来ない自分が憎い。額と掌にじわりと汗がにじむ。