これが、あたしの彼氏です。【完】
ポカリスエットを一気に半分以上飲み干すと、矢沢君に「飲み過ぎだ」と指摘された。「だって、喉渇いてたし…」と小さく言い返すと、矢沢君は不意に小さく笑って「それにしても飲み過ぎ」といつもより何故か優しく聞こえる声音でそう返してきた。
「――――帰るぞ」
「えっ、でもまだ水族館…」
「また気分悪くなりたいのか、テメェは」
「え、いや…そういうわけじゃないけど」
「だったら帰るぞ。気分悪ぃお前と一緒に館内回りたくない」
「………うっ、わ、分かった」
矢沢君はまたしても素っ気ない言葉をあたしに吐き捨てる。もし、もしこれも矢沢君の気遣いだとして、心配してくれているのだとしたら、あたしは素直に矢沢君の言葉に頷いていた方が良いに決まっている。そもそも矢沢君の言葉は正論で、否定する理由なんて一つもなかった。
館内を出る途中、矢沢君は人混みではぐれないようにあたしの腕をギュッと掴みながら、スタスタと出口に向かって行った。すると、数分歩いた先にやっとこさ出入り口の表記が見えて来る。
「…あ、や、矢沢君」
「あ?」
「あの、一つだけ聞きたいことがあるんだけど」
「何?」
「……あの、どうしてあの時、避けなかったの…?」
「………」
矢沢君が殴られそうになったあの時、避けようと思えば避けれたはずなのに、矢沢君は何故か全く避けようとはしなかった。それがどうしてなのか未だによく分からなくて、気に障るかな…とも思ったけれど、どうしても気になったので恐る恐る問いかけてみた。
すると、そんな問いかけを聞いた矢沢君が、
「馬鹿か、テメェ」
一層眉間の皺を深く刻んだ顔で、呆れたような低い声と共にそれだけ零してきたのだった。