これが、あたしの彼氏です。【完】
甘くて苦いひととき
「ねぇ。シンー」
「シンってばー、起きてよー」
初デートから1週間が経った、ある休み時間での出来事。
教室移動で友達の由希と一緒に音楽室へと向かっている途中、矢沢君のクラスの前を通ると如何にも意識してますみたいな女の猫なで声がひっそりと聞こえてきた。
「ああ言うのってやっぱ居るんだねぇ」
「え?」
いきなり眉間にギュッと皺を寄せた由希が、一人でうんうんと頷きながらあたしに話題を振って来る。
「ほら。矢沢君の周りに堂々と近づく女。矢沢君って凄いオーラ放ってるから、大抵の人は近寄らないし」
「ああ、まあそうだね」
「良いのー?心。仮にもあんたの彼氏なんでしょ?」
「別に。あたしも好きな人居るし、矢沢君だって色んな女の子と遊びたいお年頃なんじゃない?」
「えー。でも矢沢君の嫌らしい噂って一度も聞いた事ないけど」
「ふーん。そりゃ良い事だね」
矢沢君の恋愛事情なんかに全く興味のないあたしは由希の言葉を軽く受け流しながら、チラリと矢沢君の教室の方へと視線を向けた。
「ねえシンー。一つ聞きたい事があるんだけどー」
「いい加減起きてよー」
机に伏せて眠っている矢沢君の身体を、軽く揺すってそう言う女たち。それでも矢沢君は、狸寝入りをしているのかホントに爆睡しているのかは分からないが、完全無視の状態である。
相変わらず素っ気ないんだな…なんて思いながら、少しの間足を止めてその光景を由希とこっそり窺っていると、矢沢君に声を掛け続けていた女が不意にポツリとある一言を矢沢君に投げ掛けた。
「――――ねぇ、シン。彼女が出来たって本当?」
ギクリ。あたしはその一言を聞いて、思わず背筋がゾクっと震えてしまった。