これが、あたしの彼氏です。【完】


「あぁやっぱり?心ちんが、矢沢と知り合いなわけないよね」

「……、はい」


―――正直怖かった。こっちに鋭い目を向ける矢沢君も、久瀬先輩達に矢沢君と知り合いなんだと言う事がバレる事も。両方怖くて、この状況をどう回避したらいいのか分からなかった。



「……チっ」

だからきっと、矢沢君の奥底にある心境まで考えてあげることが出来なかったのだ。小さく舌打ちをして少し顔を歪めた矢沢君に、あたしは早くも自分の発した言葉に後悔した。


「………」

あたしがチラリと矢沢君の方に目を向けると、矢沢君もそれを察したかのように此方へ視線を向けた。そのバッドタイミングの所為であたしと矢沢君の視線がパチッと重なる。あたしはそれに焦ってしまって、ついバッと瞬時に目を逸らしてしまう。


あたしが顔を下へ俯けると、不意に矢沢君の足音が段々とこっちへ近づいて来て、そのままスッとあたし達の横を通り過ぎて行ってしまった。

矢沢君があたしの隣を通り過ぎる瞬間、ほんの少しだけ、矢沢君が身につけているシトラスの香りが、ふわりと鼻を掠めた。

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