これが、あたしの彼氏です。【完】
「……まあ、そう言う事だから、これからよろしく、心」
「………っ」
あたしの耳元で、まるで有無を全く言わせないような低い声で囁かれたその言葉に、あたしは恐怖と不安に背筋がゾクリと震えてしまった。
怖くて不安で、心臓まで怯えきってしまっているような感覚。目の前の彼に返す言葉は幾らでもあるはずなのに、あたしはつい言葉が詰まってしまって、肝心な時に何も言い返せなかった。そんな無気力で臆病なあたしを、本気で馬鹿だと思った。
「ああ、そうだ。お前、俺の名前知ってる?」
「……え?あ…、上の名前なら、」
「ふーん。言ってみて」
「え。えっと。や、…矢野君…だっけ」
「あ?」
あたしが小さな声でそう言うと、いきなり目の前の彼は、不機嫌そうに眉間にギュッと皺を寄せた。
「……ちげぇよ」
「え!ご、ごめんなさい」
「矢沢だ。矢沢 心(ヤザワ シン)。ちゃんと覚えておけよ」
「………」
覚える気なんて更々ないです、なんて言えれば良かったのに、片想いをしている先輩のことで弱みを掴まれてしまったあたしは否定も肯定も出来ず、ただただギュッと口を固く閉じることくらいしか出来なかったのだ。
出会ったばかりだけど此処で彼に逆らったらどうなるかは、この有無を全く言わさない目と口調で大体悟っていた。
あたしの方を向いてニヤリと笑みを浮かべる彼が憎たらしい。