ユーダリル
それに関してウィルは、特に悪いとは感じていない。ただ自分の息子の前で惚気るのは、止めてほしかった。あれは見ていて、恥ずかしい。結婚したら、あのような関係になるのだろうか。と、ウィルはそう思ったが、これはしてみないとわからないもの。それに人間は、大きく変化するという。
「では、用意だけども」
「いざとなったら、このまま逃げるよ」
「……その時は、一緒に」
それは、消えそうなほどの声音であった。その為、ウィルには聞こえていない。だが聞こえていなくともウィルに気持ちが伝えられたと、嬉しそうに微笑む。それは、些細な変化であった。しかしウィルはそれに気付いていようとも、特に気に留めることはしなかった。
その時、落ち着いていたウィルが咳き込む。まだ完全に治っていない身体で無理をした所為だろう、顔が真っ赤になっていた。
「薬をお持ちします」
「あ、有難う」
数回大きく深呼吸を繰り返すと、ユフィールから水が入ったコップと薬を受け取る。それは、粉末状の苦い薬。口に含んだ瞬間、何とも表現しがたい味が広がるが、今まで何回も飲んできた。
しかし、この味だけは慣れない。寧ろ含んだ瞬間、思いっきり吐き出しそうであった。だが、飲まなければ治らない。それに、いつまでもユフィールの世話になっているわけにはいかなかった。
「……美味しくない」
「薬は、美味しくないです」
「蜂蜜を混ぜたいね」
「ウィル様は、強いですから大丈夫です」
何を根拠に、そのように言っているのか。ウィルは苦笑いを浮かべると、首を横に振っていた。ウィルにしてみたら「強い」という存在は、アルンである。問答無用に圧力をかけ、会社を潰す人間を強いといわないで誰を強いというのだろう。それだけ、アルンの存在は偉大だ。
「ダメ?」
「蜂蜜は、高価ですから」
「砂糖より高いからね」
蜂蜜が高価な訳は、ユーダリルの地形に関係していた。花々が咲き乱れている場所が多いので、養蜂には適しているだろう。しかし、蜂は寒さに弱い。一年を通して涼しいユーダリルでは、動きが鈍ってしまう。それに小さい身体では、強風に飛ばされてしまうだろう。