ユーダリル
透き通った雲は漆黒の翼に切り裂かれ、様々な形を生み出す。それらはディオンの動きと同じ軌道を辿り、一筋の道へと姿を変えていく。青空に白い色彩で描かれた、一筆書きの模様。
統一性のない不規則な形であったが、それはそれで乙なもの。そして其処から感じられるのはディオンの茶目っ気であり、不安定な心の動き。何故なら背中に乗せているのはウィルだけではなく、大好きな人間を奪い取ろうとしている、ユフィールの姿があったからだ。
ユフィールを背に乗せることは、屈辱の何物でもない。だが、これはウィルからの頼み。嫌々ながら乗せているが、内心は複雑であった。もしユフィール独りであったら、空中から叩き落していた。
今回はウィルと一緒。叩き落し命でも落としたら、ウィルに何を言われるか――この場合、それ以上の問題になってしまうが、ディオンにしてみたら「ウィルに怒られる」ということが重要であり、ユフィールの命など関係ない。
要は、この世から消えてほしいと思っている。
ディオンは様々な表情を浮かべながら、空を舞っていた。時として悪魔のような表情を作り、牙を出して見えない相手を威嚇する。そして額に血管を浮かべながら、物凄い速さで目的地へ向かう。
「お、おい!」
いつもとは違う飛び方に、ウィルはディオンの背中を何度も叩く。だが、ディオンからの反応はない。ただ空を爆走し、突き進むだけであった。無論、ユフィールにしたら堪らない。
ユーダリルから外に出たことがないユフィールにとっては、はじめての空の旅。だがその旅は命を縮めるものであり、生きた心地がしない。恐怖のあまり目元に涙を浮かべながら、シクシクと泣いていた。
「ユフィール?」
「……こ、怖いです」
「御免」
「ウィル様が、謝ることはありません」
「だけど……」
目の前から叩きつける風に顔を歪ませながら、ウィルはどうすればいいのか考え込む。このままでは、ユフィールが落ちてしまう。ウィルのように空の旅に慣れていれば、それなりの対応ができるだろう。
しかし、ユフィールの場合はそうはいかない。それに、怪我をさせたらセシリアが怖い。だが、良い方法が思いつかない。いや、それ以前にディオンがこのような飛び方をしている理由が、わからなかった。だからこそウィルは、唸り声を発しながら思考を働かせていく。