ユーダリル

 近寄ってくるアルンに、逃げていくウィル。傍から見れば異様な光景だが、両者は真剣だった。その時、部屋の扉が開く。それと同時に、大量の書類を持ったセシリアが姿を見せた。

 突然のセシリアの登場に、ウィルの表情が変化した。まさに、いいタイミング。ウィルはセシリアに、アルンの様子がおかしいということを伝えていく。すると、セシリアの眉が動いた。

「アルン様」

「ち、違う。何もしていない」

「本当ですか?」

「ほ、本当だ」

 セシリアの姿を見た途端、アルンの顔面は真っ青であった。何か特別の経験があったのか、明らかに恐れている。いつも威張り散らしているアルンが、完全服従状態。その不可思議な光景に、ウィルは首を傾げる。そして小声で、セシリアに何か行ったのか尋ねていった。

「ちょっと、お仕置きをしました」

「お仕置き?」

「はい。では、それを披露いたしましょうか? 少々、お見苦しい部分があると思いますが」

「いいの?」

「勿論です」

 爽やかな笑みを浮かべているセシリア。しかし、口許は笑っていない。それを見たアルンは何度も止めて欲しいと懇願するが、セシリアが聞き入れることはない。徐に持っていた書類をウィルに渡すと、戦闘態勢と思われる構えを取る。無論、目付きは鋭い。明らかに、獲物を狙う獣だ。

 刹那、セシリアの脚が空を切る。

 その瞬間、アルンの前髪が揺れた。

「どうでしょうか」

「す、凄いです」

「有難うございます」

 ウィルの褒め言葉に、セシリアは機嫌を良くする。一方アルンは突然の攻撃に、完全に固まっていた。額には大量の脂汗を滲ませ、視線は一点で止まっている。そして、半分魂が抜けていた。

 流石、格闘を得意としている人物。その動きには、キレがあった。それに、寸止めも上手い。セシリアは、ひとつ隠し事をしていた。確かに、アルン相手に蹴りを披露した。だが、以前の場合は壁の一部分を壊している。その証拠に部屋の奥の壁に、小さい穴が開いていた。
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