ユーダリル

「どうしました」

「手が痛い」

「では、手当てをいたしましょう」

「優しいな」

「そのようなことはありません。手当てをいたしませんと、仕事になりませんので。このように、溜まっています」

 刺が含まれている言葉に、アルンは額に大粒の汗を滲ませていた。普段、多くの人物に圧力を掛けているのだが、唯一セシリアに頭が上がらない。完全に服従し、言葉を受け入れる。

 無論、周囲もそれをわかっている。わかっているからこそ、重役達はセシリアを頼りにしているので、日に日に成長しているセシリアだった。それに伴い、言葉に毒が混じっていく。

「薬箱を持ってきます」

「頼む」

「では、お待ち下さい。と言って、休んではいけません。ギリギリまで、仕事をして下さい」

「そ、それは……」

「文句は、聞き入れません。アルン様が真面目に仕事をしていれば、このようなことを言いません」

「……わかった」

 そう言うと、渋々ながらペンを持つ。自分自身も自覚があるので、反論は無意味と知っている。それに、久し振りに参加した重役会議。其処で、重役達の愚痴と叱責を直接聞いていた。

 流石に直に彼等の意見を聞くと、真面目に仕事をしなければいけないと思うが、いかんせん今までの堕落した仕事っぷりが影響しているので、なかなか仕事スタイルを変化させられない。しかし、側に優秀な秘書セシリアがいる。彼女のお陰で、徐々に治ってきているのも確かだ。

「では、行ってきます」

「あ、ああ」

 そう言い残すと、セシリアは部屋から出て行く。一泊した後、扉が閉まる音が部屋の中に響く。

 それと同時にアルンは、机の中から何かを取り出す。

 飾りの無い、木製の写真立て。それを机の上に置くと、納められている写真に視線を落とした。映し出されているのは、ウィルとアルン。かなり昔に撮影したものなのか、ウィルがとても幼い。それにアルンと一緒に撮影するのが気に入らなかったのか、不機嫌な表情を浮かべている。
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