ユーダリル
「ありました」
「ああ、この店か」
指し示された場所に、それらしき看板を掲げた店を発見する。ティーポットの形をした看板には店名らしき文字が書かれていたようだが、長年の雨風によって禿げてしまっていた。
扉を開けた瞬間、カランという澄んだ鐘の音色が響く。どうやらこの音色は客が来たことを知らせるものであって、ウィル達が店の中に入った瞬間「いらっしゃい」という声が響く。
「こ、こんにちは」
「あら、ラヴィーダ家のメイドさんね。話は聞いているわ、ちょっと待っていてね。すぐに持ってくるわ」
店主である四十代後半の女性はユフィールの顔を見た瞬間、店の奥に入って行く。どうやら事前連絡があったのだろう、店主が帰ってくる間ウィルは並べられた紅茶を見て回ることにする。
紅茶に関しては、ド素人のウィル。ビンに貼られたラベルを見ても、全くわからない。安値の茶葉を高級と言われたら、そのまま買ってしまうだろう。それほど、紅茶には無関心。
「ねえ、これって美味しいの?」
「は、はい。アルン様が好んで飲まれています」
「へえー、人にはケチのくせに」
アルンが飲んでいるとされている紅茶の値段に、ウィルは鼻を鳴らす。実の弟に対して財布の紐が硬いというのに、個人的なことに対しては財布の紐が緩い。差別だ――ウィルは、心の中で叫んだ。
「他の人には、飲ませているのかな?」
「個人用と聞きます」
「兄貴らしい」
自分の物は、決して他人に与えない。それがアルンのやり方であったが、周囲にとってはいい迷惑。特にウィルの場合それが著しく、気に入った物であればウィルの持ち物であっても奪い取る。
追い剥ぎ――本気でそう思いはじめたのは、つい最近。そう、ディオンの風呂を造った後だ。もしかしたら「ディオンの風呂の建設代」といって、ちゃっかり回収している可能性も高い。
そんなアルンに、ウィルの表情が徐々に変化していった。下克上が叶わないとわかった今、このように呪いを飛ばす方法しか残されていない。何とも惨めなやり方であったが、アルンに真正面から勝負を挑んだところで敵いはしない。この場合、返り討ちがいいところだ。