ユーダリル
「お土産だ」
紙袋からチーズを取り出すと、ディオンの目の前に突き付ける。
当初は匂いを嗅ぎながら首を傾げていたが、食べられる物だと判断するとウィルの顔を覗き込み、食べていいか尋ねる。
「チーズは、はじめてだったな。いいよ、食べて」
了承を得られたと同時に、チーズを丸ごと口の中に入れる。
最初はその独特の香りに不思議な表情を見せていたが、濃厚な味わいはディオン好み。
それにより、もっと食べたいと訴えてくる。
ウィルは仕方ないということで全てのチーズを与えると、ディオンは綺麗に平らげてしまった。
食事後のゲップは美味しかったという証拠で、はじめて食べたチーズに嵌ってしまう。
こうなると、また食べたいとせがんでくるに違いない。
チーズを手に入れる為に、何度も足を運ぶ。
こうなると、あの牧場といい関係を築いていかないといけない。
しかし相手がアルンでないと、ウィルは素直に動く。
これが兄の場合、嫌という気持ちが前面に出てしまう。
このことがアルンの耳に入れば、何を言われるかわかったものではない。
それでも、ささやかな抵抗を行う。
そうしなければストレスが蓄積していき、いずれ大爆発を起こしてしまうだろう。
勝負を挑んだところで兄に勝てるわけがないので、ウィルは裏でコソコソ動く。
「さて、出発しよう」
言葉に続きディオンの頭を撫でると、ウィルは背中に跨り合図を送った。
刹那、左右の翼を大きく開き、全身で吹き抜ける風を感じ取る。
瞬時に上昇気流を掴むと力強く翼を羽ばたかせながら、天高く舞い上がった。
それはまるで、羽根が天に浮かび上がるように軽い動きだ。
この一体は〈空中都市ユーダリル〉と呼ばれており、数多くの島々が空中に浮かんでいた。
先程の牧場も、浮かぶ島の上に作られていた。
また島と島の間には幾つもの橋が架けられおり、それを利用するのが一般的だが、ウィルのように空を飛ぶ生き物に乗って移動するのが主流となっている。
その主な理由というのは「下を見るのが怖い」ということらしい。
確かに数百メートル下には大地が存在するが、落ちれば命の保障はない。
間違いなく即死で、身体の原型を留めていないだろう。
しかし、記録の中に「島から落下した」という記録は、残っていなかった。
ユーダリルには、大小様々な島が点在する。
人が暮らす街に、工房が建ち並ぶ場所。
また、牧場や農場。
そして、個人所有の島に各種施設。
気候は安定しており何不自由のない生活を送れる為、一生大地に足をつかない者も多い。
それは、ウィルの祖父母もそうであった。