ユーダリル
「頑張ってみます」
笑顔が戻ったことに、ウィルはホッと胸を撫で下ろす。流石に、目の前で切ない表情を浮かべられるのはいいものではない。このことをアルンに知られたら――ウィルは思わず周囲を見回すが、アルンはお茶会の真っ最中。ウィルは頭を掻きつつ、再度食事を開始した。
その時、暴言に等しい怒鳴り声が響き渡った。その声に驚いたウィルは慌てて窓から庭を覗き見ると、アルンのふんぞり返った姿が目に止まった。それを見た瞬間、ウィルは肩を竦めてしまう。
「……兄貴、またやったな」
一瞬にして、騒ぎの原因が判明した。アルンが面白半分で、強大な権力を振るったのである。
振るわれた側は堪らない。その証拠に、顔が真っ青であった。いつもなら、相手側が素直に負けを認めて終了。
しかし、今日は違った。何かが起こる――そう判断した瞬間、窓硝子が割れ何者かが進入してきた。ユフィールの悲鳴にウィルは彼女を守りつつ身構えると、進入してきた相手を凝視する。
「お前――」
その人物に、ウィルは見覚えがあった。体型などは工房エリアで出会ったロバートに似ていたが、この者はアルンとライバル関係にある会社の人間だった。瞬時に攻撃を仕掛けなければいけなかったが、ウィルはどうするべきか迷ってしまう。そう、床に倒れていたからだ。
打ち所が悪かったのか、ピクピクと身体を痙攣させている。それに、細かく砕けた破片が刺さっていた。ウィルとユフィールは互いの顔を見合わせると、苦笑いを浮かべる。こうなると、対応に困ってしまう。
「大丈夫?」
様子を見る為に近づいた瞬間、相手が急に立ち上がった。そして素早い動きでユフィールのもとへ行くと後ろから羽交い絞めにし、胸元から取り出した小振りのナイフを喉元に突き立てた。
「この娘の命が……」
「彼女には、手を出さない方がいいよ。後々、恐ろしい目に遭うから」
「お前など、怖くはない」
「いや、僕じゃない。彼女の姉だよ」
その言葉に恐怖で震えるユフィールの顔を見ると、大声で笑い出す。どうやらユフィールの姿から、姉は弱弱しい人物だと判断したようだ。しかし、それは大きな間違い。セシリアは、この屋敷で最強の人物。そう、曲者揃いのメイド達が束になっても勝てない相手だからだ。