ユーダリル

「信じないなら、仕方ないね。セシリアさん、怒らせると怖いんだよな。命の保障はないよ」

 大きく溜息をつき、ウィルはやる気のない表情を浮かべる。そんな態度に相手は「やる気を出せ」と訴えるが、それを聞き入れる様子はない。だがそれは、相手を油断させる方法であった。

 後ろに手を回し、何かを探しはじめる。ふと、指先に何か硬い物がぶつかった。これこそ、ウィルが探していた物。二本の指で器用にそれを掴むと、自身の目の前に投げ飛ばす。そして落ちてくるそれを利き手で掴まえると、躊躇うことなく相手に向かって投げ飛ばした。

 一瞬の出来事に、相手は何が起こったのか把握できないでいた。しかし手の甲から伝わる痛みに、何か鋭い物が刺さっていることに気付く。それは、ウィルが先程まで使用していたフォークだった。

 刺さっている物がフォークと気付いた瞬間、更なる激痛が襲う。その痛みに苦痛の表情を浮かべた相手はユフィールを解放すると、懸命にフォークを抜こうとしている。ウィルは解放されたユフィールの手を握ると、痛みに呻く相手をそのままにし、部屋から逃げ出すことにした。

「あの方は、大丈夫でしょうか?」

「平気だよ。あのくらいで、死ぬことはない」

 恐怖を味わったというのに、ユフィールは相手のことを心配している。本来なら嫌味の一言でも言っていいものだが、ユフィールの性格上それはできない。全ての人に愛を――彼女は、聖女のような考えの持ち主である。それが彼女のいいところであり、悪いところでもあった。

「兄貴の所為だよ」

「アルン様が何か?」

「いつもの圧力のお陰で、とばっちりを受けた」

 狙うのなら、アルン一人をどうにかすればいい。そう思うのが普通だが、彼等はその周囲まで狙う。お陰で何かがあった場合、迷惑を被るのはウィル。そして今回は、ユフィールまで被害に遭った。

「ウィル様、ご無事で」

「兄貴は?」

「アルン様は、いつもの通りです」

「やっぱり」

 心配になり駆けつけてきたメイド達に、状況を聞く。だが返された言葉に、ウィルは溜息をついた。何でも、面白がって相手と戦っているらしい。毎回ながら、危機感の薄いアルン。これで今まで生き残ってきたのだから、ある意味奇跡に近い。いや、アルンは強運の持ち主だ。
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