ユーダリル

 そのような考えを前面に押し出される為、動きにくいのは間違いない。これには「優しさ」が含まれているようだが、迷惑この上ない。

「大丈夫だよ」

「いや、何かがある」

「それ、兄貴の考えすぎ」

「考えすぎではない。以前、怪我をしただろう」

 強い口調で述べていくのは、例の吸血蝙蝠の件。あれはアルンの命令で行ったものであって、根本的な原因を作ったのはアルン自身。それを忘れてしまったのか、力説する姿が何とも言えないものであった。

「でも、その事件って……」

「アルン様が悪いのです」

 二人の会話を遮ったのは、セシリアであった。片手に大量の資料を抱え、いつもの沈着冷静な態度を見せている。近寄りがたい雰囲気もあったが、ウィルにとっては天の助け。思わず胸を撫で下ろしていた。

「過去を変えるような発言は、慎んでください」

 その鋭い発言に、アルンは言葉を詰まらせる。どうやらセシリアの言う通りに、過去を変えようとしていた。「威厳ある兄であると同時に弟想いの兄」というイメージの定着を定着させたいアルン。しかし、それは難しい。

「ウィル様、お帰りなさいませ」

「あっ! うん、ただいま。兄貴は、仕事だよね。以前、大量の仕事を残していたと思ったけど」

「勿論です。このように、沢山の仕事が残っております。まったく、毎回このように溜めて……」

 そう言うと、アルンに見せ付けるように資料を指差す。そして仕事をサボっている人物に、鋭い視線を向けた。毎度ながら、アルンはギリギリまで仕事を溜め込む。これで優秀な実業家と言われているのだから、世の中間違っているだろう。事業に関しての知識が乏しいウィルであるが、このような兄を見ていると「自分でも事業を興せる」と、思ってしまう。

「そうだ。兄貴に頼みごとがあったんだ」

「なんだ。面倒なことか?」

「違うよ。久し振りに、仕事に行こうと思っている。場所は、さっき報告した場所だけどね」

 その瞬間、アルンの周囲に漂う空気が変わった。それをいち早く察したセシリアはアルンが言葉を発する前に、否定の意見を封じる。長年の付き合い、アルンが何を言うかは把握できていた。その鋭い読みにアルンはコホンと咳払いをすると、反論する言葉を述べていた。
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