ユーダリル
「行くよ」
「ま、待て!」
扉を開け廊下に出ようとした瞬間、アルンの声音が響く。ウィルは身体を震わせ反応を示すと、アルンに視線を向ける。
話しかけるなと言わんばかりのその表情に、セシリアはクスっと笑うとアルンに注意した。
「お仕事をなさるのでは?」
「わ、わかっている」
その瞬間、バキっという音をたてペンが折れる。相当ストレスが溜まっているのか、今にも爆発しそうだ。一方のセシリアは、涼しい表情を作っている。いつものことだと気にしておらず、我儘なことを言おうとも、聞かないフリをしていた。流石、アルンの秘書というべきか、逞しい姿を見せる。
「ウィル様、伝言がありました」
「何?」
「ユフィールが待っています。何でも、お菓子を作ったそうで――」
「わかった。行くよ」
それだけ言い残すと、ウィルは部屋から出て行ってしまう。扉が閉まった瞬間、アルンの叫び声が響き渡った。ユフィールからの伝言を黙っていたことに、どうやら頭に血が上ってしまったようだ。しかし、この反応も把握済み。だからこそ、セシリアはギリギリまで黙っていた。
「ウィルを取られるのだぞ」
「私は、二人の幸せを願っています」
「取り残された者はどうする?」
自分中心に物事を考えるアルンに、セシリアは大きな溜息をつく。セシリアにとって、二人が幸せになってくれることは嬉しいことだ。それは彼女だけではなく、多くの者が願っている。
お似合いのカップルと言われ、ユフィールの初々しい姿はこの屋敷だけではなく、彼女を知っている者なら誰もが応援しているほどだ。だからこそ、アルンの性格は皆の悩みの種となっている。
「それは、アルン様だけです」
「セシリアはいいのか?」
「構いません。否定する理由は、ございません」
だがいくら悩みの種となっていても、アルンに文句を言えるのは限られてくる。それは反論した途端、問答無用の圧力が待っているからだ。だからこそ、アルンの圧力に勝てるセシリアが言わなければいけない。彼女自身もそのことを理解しており、大勢の者達が望む結末に向かうよう協力する。