ユーダリル
母親の思い出
朝からアルンは、機嫌が悪かった。その理由は、ウィルが危険な場所に行ってしまったからだ。しかしあそこは、そのような所ではない。一般人が普通に訪れる場所であり、子供も遊んでいる。
そのような場所なのだから大半の者は心配などしないが、アルンだけは違っていた。極度のブラコンは周囲を驚かせ、呆れさせてしまう。たとえどのような場所に行こうと、アルンにとっては危険な場所。内心は何処へも行かず、ゆっくりとしていてほしいと思っていた。
それを口に出すことは滅多にない。心配していようが、ウィルには好きなように生きてほしいと思っているが、これもまた口に出すことはしない。だが、危険なことはしてほしくない。相対する矛盾した考えの狭間に、アルンは頭を抱え唸りだす。そして、今日も悩み苦しむ。
「どうかしましたか?」
どのような意味で苦しんでいるのか理解しているセシリアは、呆れがこもった声音で質問を投げかける。しかし、アルンからの返事はない。それにより、ウィルのことで悩んでいると確定した。
「これ以上、仕事を溜めるわけにはいきません」
相変わらず、ギリギリまで仕事を溜めていた。だがそれも限界に達し、アルンの目の前には、山積みの資料などが置かれていた。今のアルンは、ウィルのことで頭がいっぱい。仕事をしなければいけないのだが、まったく手をつけようとはしない。お陰で、セシリアの機嫌が悪い。
「代わりに、サインをいたしましょうか? この調子では、今日中に仕事が終わりませんので」
「……そうだな」
「本当に、そのようにしていいのですね? わかりました。そのように仰るのでしたら、そのようにします」
「……ああ」
覇気のない返事にセシリアは肩を竦めると、机を挟んでアルンの目の前に立つ。そして鼻をつまむと、思いっきり引っ張った。
「な、何をする」
「お元気がないようですので」
「だからと言って、このようなことをやるな」
引っ張られた鼻を摩りつつ、セシリアに抗議する。しかし、相手は聞いている様子はない。寧ろ「アルンが悪い」と言い、逆に説教をはじめた。セシリアもウィルのことを心配しているが、危険な場所に訪れたわけではないので、アルンのように極端な心配の仕方をしない。