【短編集】思春期は欲望の色
❺保健室 side小学
僕には 誰にもいえない秘密
性癖があった だからこの職についた
小学校に 保健教員として
勤めるようになって はや十年
男の保健教員はめずらしく 偏見 に
頭を悩ませたことも少なくない でも
こうしてなんとかやってきた
そして こども達と接して
気づいたことがある 僕の性癖 について
わかったこと それは
僕が 美人 な こども にしか 興奮 しない
もちろん たかだか小学生くらいで そんな
美人といえるほどの こどもはいなくて
ほとんどいなくて だけど ひとり
たったひとり だけ 僕の目の前に あらわれた
春先の ねっとりしたあたたかさに
眠気を誘われる 弱い日差しに惑わされる
なにもかも知りたい のに なにも考えたくない
今思い返せば 不思議で不完全な日だった
昼休み 坊主頭のやんちゃな4年生の止血
しそこねた歯磨きを 午後の授業開始の
チャイムを聴きながら
背後でドアが開いて 僕は身体を震わせた
気配も足音も まったくなかった
背中 その主を 視界 に 入れて
僕の 時間 は とまった
「おなか いたいです」
少年が言った 僕はまばたきをして
ああ 頷いた 声は かすれた
少年にベッドをすすめて それから
それから あれ 普段僕はどうやって
腹痛の児童を相手していたっけ
カーテンのひかれたベッド
歯磨きを終えた僕
時間は知らぬ間にすすんでいた
3年 黒木 腹痛
手元の名簿にはそう記録されて
体育の授業のかろやかな声が 遠く
遠く小さく 鼓膜へ届いた
カーテンの奥 から
布ずれの音と 鼻からぬけたような
声 が 僕の 脳内で 永久再生
くりかえし 少年の 美しい
少女のような 色白で 美しい
綺麗な 美しい 顔 と ともに
僕を醜い思考へ 暗闇の底へ
「先生……」
はっとして 応える のに
「先生……」 返ってくるのは
僕を呼ぶ 切なげで 苦しげで
魅惑的な声音 誘惑する声音
「大丈夫?」 カーテンに手をかけた
瞬間 僕の視界が変わる ああ
僕の頬に 少年のまばたきがつたって
すこしくすぐったい かゆいよ
まつげ長いんだなあ 女の子みたいだ
ねえ 唇が もどかしいから 早く
はっとなって 身体を起こした
今 何? 何をした だって え?
急に動いたからか 僕の息はあがって
僕の腕の中 ベッドに横たわる少年
待って これじゃあ僕が 襲って
押し倒しているみたいだ 違う だって
僕が見下ろす少年の 表情 少年は
不敵 に 妖艶 な 笑み を
ぺろり 自分の唇を舐めて
「せんせ、秘密にしてほしいなら」
僕の耳元でささやく 悪魔のため息
「生理痛の薬とナプキン ちょうだい」
また時間がとまった その間に少年は
少年が 少女になり いや最初から
少女だった でも 彼女は 男の子の
格好をして 僕 を だましていた
トイレから戻ってきた少女は 僕が
口を開く前に 話を切り出した
「お礼に私を好きにしていいよ」
カーテンの中 ベッドに腰かけて
少年の短いズボンから あらわになる
少女のうちもも 少女のすべてから
眼 が 離せなくて 俺は変態か
ちなみに と少女が笑う
「感じるとこは耳と指と脚」 笑みを
唇に 僕の唇を舐めたその舌で 舐めた
そのつややかな唇に 美しい笑みを
ベッドがきしめば その音に少女の笑みが
妖しさをまして 誘って 深く
僕は迷うことなく少女に覆い被さったんだ
少女は敏感だった
耳と指と脚 そこに唇をおとして
口づけて 舐めて 吸えば
少女の 天使のため息 ふるえた声音
はねる肩 赤味がさす頬と目尻
溜まる涙に動きをとめれば 先を
その眼で 先をうながされる から
たまったもんじゃない
午後の授業 5時間目の終わる合図
鐘が鳴る それは僕をいさめるようで
不意に身体を起こせば 「残念」
少女も身体を起こした 「時間切れ」
ドアの向こうから音が近づいて
少女がため息をついて言った
「この学校は廊下を走ってもいいの」
色気はふくまない 呆れたため息
激しく乱雑にドアが開けられて
アキ! 少女の名は叫ばれた
ひらひらと手をふって 応える
少女を目に留めて 安堵する
僕を睨んだ 少年は
昼休みの来客者 やんちゃ坊主
「彼は過保護なのよ」 少女は
少年を廊下で待つように言って
僕に話しかけた
永遠の別れの前座だった
「想定以上によかった」 僕は
いろいろ考えて ぐるぐる でも
たくさん考えた答えは少ない
「想定以上じゃ批評だな」
ベッドに腰かけた女王様 少女の
手をとって その眼下にひれふす
手の甲への口づけに 満足顔の
少女 を 裏切る
痛い 小さく声をあげた その
表情 その顔を 見つめて 更に
薬指の根元に 歯を食い込ませる
口元に 手をあてて 堪える
口にふくんだ 指を舌でもてあそんで
少女の 固く閉じられていた
まぶたが 瞳が あらわになって
息を呑む 潤いを十二分にふくんだ
その 眼 は 欲情しきった 眼
そんな眼で僕を見下ろすな
もう 戻れない どこにも 何にも
僕が手から口を離すのと
少女がベッドから立ち上がるのと
同時だった 瞬間 少女は
僕のネクタイを引いて 耳元で
ささやくんだ 悪魔の吐息
「これは想定外だよ」 そして 僕を
僕の 僕を なでて 哀しそうに
「ごめんなさい」 まったく
どこまで 僕を陥れる つもりなのか
ここで子供面されたら 何もできない
「早く!ばれちゃうよ」 少年が
せかして 少女は去った 僕が
痕をつけた その指 その手で
少年と手をつなぎながら
酷い女だ 酷く
酷く美しい 少女だ
後日 少年が保健室へ再来し
少女からの伝言を ぼそり
とても不服そうに 非常に不満気に
「よすぎて また来ちゃうかも」
笑ってしまった 少年にではなく
すべてをもってすべてを虜にする
酷く美しい 大人の少女に
僕も少年も すべては少女の手の内
少女の思いどおり だからこそ
望んでいる はずれを
僕はそう思っている
あの 少女の 唯一 余裕のない
ぬれた指 涙の滲む瞳
欲情しきった あの顔 余裕はない
あの表情が なにより一番
魅惑的で 誘惑していた
きっと少女も知らないのだろう
それと 痕が残っているのは
薬指だけじゃないことも
この学校に黒木という児童はいない
しかし僕は待っている 来るかも
わからない この学校の保健室で
あの来訪者ともう一度
肌に唇をはわせる それだけの時間を