神楽先生には敵わない
「先輩、色々すみませんでした」
「謝るぐらいならもう二度とするな」
「…はい。気をつけます」
ぐうの音も出ないお言葉に私は恐縮しきりっぱなしの私。
若干まだ体のふらつきが残り、頭もぼんやりとしている感じがする。
上半身だけ乗せたままの椎名は運転手にサラッと一万円を渡し、
私に聞こえぬよう、お願いしますと小声で言って車から降りた。
その数秒の一連の動きに気づかないまま扉が締まり、椎名に見送られながら車は走り出した。
乗ったタクシーが見えなくなると、
国道に背を向けてスーツのジャケットにある裏ポケットから携帯を取り出す。
そして手馴れた様子で電話帳を開き電話を掛け始めた。
「今、終わった。適当にそっちに向か…」
そう言いかけた時、ふと視線に入ってきた光景に思わず唇が止まった。
電話越しから聞こえてくる声は女性で、
何度も椎名の名前を読んでは問いかけている。
「―――悪い、今日は無しだ」
椎名は一方的に電話を切ると、携帯の電源を切り胸ポケットに再びしまう。
視線を外さないままコツ、コツと足音を立てながら向かった先にあったのは…――――。