私が髪を切った訳
背を向けたままのわたしに向かって、先生は、励ますように明るく言った。
「いやなことがあったら、うれしかったときことを思い出すといい」
「そんなの簡単に思い出せたら苦労しない」
現にわたしは悩んでて、ずたずたの心が今も悲鳴を上げ続けてる。
そう言ってから、わたしはすこし、後悔した。
けれど先生は、わたしの非難めいた言葉にも別段すねることはなく、むしろ、それもそうか、と言うように表情をあらためて、思案した。
「じゃあ、これから、おまえがしたいことをしてみるのはどうだ? それがうれしかった思い出になるだろ?」
「たとえば?」
「たとえばそうだな。甘い物を食べるとか、アイドルの雑誌を心行くまで眺めるとか、好きなやつにメールするとか」
最後の提案に、不覚にもわたしの胸がざわついた。