先輩上司と秘密の部屋で
杏奈は息を呑んだ。そして、たっぷり十秒くらい呼吸も止めた。
嵐士らしからぬ突飛な行動に、チームの全員が一様に驚いた様相を見せている。
当の杏奈に至っては口を開けたまま、ガタガタと唇を戦慄かせていた。
何か気に障るようなことをしでかしたのではと、杏奈はよく働かない頭に必死で自分の考えを巡らせる。
獰猛な肉食獣を思わせる嵐士の視線に、杏奈はときめくどころか神経がどんどんすり減っていくのを感じた。
「あ、あの……」
杏奈はその瞬間、反射的に“ごめんなさい”を口にしようとする。
(黒谷先輩にだけは、もう二度と嫌われたくない……!)
だが嵐士の唇から漏れ出た低い声が、先に杏奈の鼓膜を揺らしていた。
「……俺がやる」
静まり返ったオフィスの一角に、嵐士のテノールが響きわたる。
おそらくそこにいた全員が絶句し、一番に口を開くであろう門倉の動向に注目していた。