先輩上司と秘密の部屋で
「おい黒谷……やるってまさか、杏奈ちゃんの教育係のことか……?」
「ああ」
「……えええー? マジ?」
あっさりと答えた嵐士に、門倉はすっかり面食らってしまう。
これは一体どういう状況なんだと、偶然近くを通りかかった他の社員までもが、困惑の表情を浮かべていた。
我が社始まって以来の才覚と人並み外れた容姿を併せ持ち、自分をしつこく狙う秘書課の女豹共に、“もう近づきません、許して下さい”とまで言わしめた、あの大の女嫌いの黒谷嵐士が。
何かと手のかかる新入社員の、しかも女子社員の教育係に自ら志願するなんて、絶対に考えられない。
そんな状況がよく理解できていない杏奈は、首から上がまるで茹で蛸のように赤く染まってしまっている。
嵐士に握られている腕の部分は火傷しそうなくらい熱を持ち、ゆっくり毒が回るようにじわじわと杏奈の思考を侵し始めていた。
お願いだからもう離してほしいと心の中で訴え、杏奈は懇願するような眼差しで嵐士を見つめる。
その瞬間腕はすんなり解放され、嵐士はすぐさま杏奈に背中を向けていた。
「……悪い」