先輩上司と秘密の部屋で
耳を澄まさなければ聞き取れないくらい小さなその声に、杏奈の華奢な肩がびくっと跳ねる。
そのまま嵐士が逃げるようにオフィスから出て行ったのを見計らって、美那や門倉が一斉に口火を切っていた。
「ど、どどどういうことなの杏奈ちゃん! 黒谷くんが自分から女の子に話しかけてるとこなんて、私、入社して以来初めて見たんだけど!?」
「俺なんか視線で射殺されるかと思って、……思わず足震えちゃったよ」
「えっと……、あの……」
どういうことなのか聞きたいのは、もちろん杏奈の方だ。
一緒の職場というだけでも十分衝撃的だったのに、教育係になんてなられてしょっちゅう一緒にいられたら、心臓がいくつあっても足りなくなる。
杏奈の嵐士に対する昔からの症状は、今も健在だった。動悸のレベルも、以前に比べたら格段に上がっている。
先程まで嵐士に掴まれていた腕に視線を移しながら、杏奈は誰にも気づかれぬようそっと熱いため息をついていた。
スーツ越しだったにも関わらず、そこには嵐士の手の感触が今も色濃く残っている。
(……黒谷先輩、ほんとは優しい人だから。……あまりにも私が使えなそうに見えて、教育係やらされそうになった門倉さんのこと、不憫に思ったのかもしれない)