先輩上司と秘密の部屋で
「話って杏奈のことだよね?……とりあえず、中で話そっか」
全てを見透かしたように目を細めた隼人が、多目的ルームの方を指で示す。
中には誰もいない。腕を組みながら壁に寄りかかった嵐士は、パイプ椅子に腰を下ろして足を組む隼人のことをじっと観察していた。
血行が悪かった肌には艶が戻り、目の下にあった隈もだいぶ薄くなっている。
それを確認して、嵐士は心から安堵した。隼人が元気を取り戻してくれたことが、純粋に嬉しかったからだ。
「杏奈の教育係の件?」
「……ああ。もちろん俺がやる」
「良かった。嵐士なら安心だ」
隼人はキレイな顔を綻ばせながら、人懐っこい笑顔を浮かべている。
杏奈についたのが嵐士以外の男なら、隼人はきっと、どんな手段を使ってでも変更させていただろう。
「悪いね嵐士。あの部長……約束通り杏奈のこと営業部門に配属してくれたんだけど。さすがに俺と同じチームには出来なかったみたい。あーあ、不倫のネタで、もっとゆすっておけば良かった」
隼人が杏奈に執着する理由を、嵐士は誰よりも深く理解している。
杏奈の教育係を申し出たのは、他ならぬ隼人のため。
隼人の平穏を守ることだけが、嵐士に出来る精一杯の恩返しだった。