先輩上司と秘密の部屋で
生まれて初めて出来た“友達”という存在に、嵐士がどれだけ救われたか、隼人には到底理解出来ないだろう。
嵐士は幼いころに両親が不仲で離婚し、父方の祖父の家で厳しく育てられ、そこで一緒に暮らす叔父一家から疎まれ続ける生活を送っていた。
親の愛情を知らない嵐士は、自分を必要のない人間だと思い込み、ずっと孤独に暮らしてきたのだ。
そんな悲惨な生い立ちを嵐士が初めて他人に語った時、隼人は“そっか”と言ったきり何も口にしなかった。
隼人が何を思ったのかは、今だにわからない。
彼はただひたすら、嵐士のそばを離れなかった。
――ふたりが周りに“親友”だと認識されるようになったのは、それからすぐのこと。
隼人の大切にしている女の子の存在は、その時初めて教えてもらった。
ひとりっ子の嵐士にとって、兄妹がどれだけ尊い存在なのか想像もつかない。
妹の杏奈のことを話す隼人の目は、いつだって優しさに満ち溢れていた。
やがて同じ高校に入学して来た杏奈のことを、嵐士は遠くからぼんやりと眺めるようになる。
毎日毎日解説付きで隼人に杏奈の素晴らしさを説かれれば、嫌でもこうなるだろうと嵐士は自分に言い訳していた。
だから“杏奈”と初めて言葉を交わした時のことを、嵐士は今でも、鮮明に覚えている。
無残に切られた片方の髪を手で隠しながら、杏奈は嵐士の前をトボトボと歩いていた。
小さな背中が幼い頃の自分の姿と重なり、放っておけないようなそんな感覚に囚われる。
その日は隼人の家に行く予定なんてなかったのに。
嵐士の足は無意識に、杏奈の後を追っていた。