先輩上司と秘密の部屋で
隼人に知られたらヤバイと感じながらも、嵐士は足を止めない。
鋭い瞳に迷いはなかった。小白川家の玄関に足を踏み入れて、乱暴にリビングの扉に手をかける。
不法侵入と訴えられてもおかしくない立場なのに、嵐士はいつになく堂々としていた。
そしてソファーの上にいる杏奈を見つけて――絶句する。
絶対に泣いてると思った杏奈の瞳は、急いで拭った痕跡もなく、明らかに乾ききっていた。
丸くてつぶらなふたつの目が、嵐士をキョトンと見つめている。
その穢れのない瞳に一瞬だけ血が騒ぎ、嵐士は完全に出鼻をくじかれてしまった。
「……誰」
好きな食べ物からお気に入りの入浴剤まで隼人に聞かされて知っているくせに、嵐士はいつもの無表情で杏奈に声をかける。
杏奈は狼狽えていた。そして、切られた髪を必死に手で隠している。
だから“兄はまだ帰っていない”と辿たどしく答える杏奈を見ても、嵐士は動じない。
このまま大人しく引き下がろうとは、一ミリたりも思わなかった。