先輩上司と秘密の部屋で
嵐士が髪のことを指摘した瞬間、杏奈の強張りが解けた代わりに、表情がみるみるうちに沈んでいった。
“何言ってる。自分でそんな風に切るわけないだろ”
自分でやったと言い張る杏奈に呆れて、嵐士は喉まで言葉を出しかける。
そんな小さな身体で何を強がっているんだと、今すぐ問いただしてやりたい気分だった。
「……だ、誰にも言わないでっ……」
隼人に伝えれば、こんな問題は一瞬でカタがつく。
それにもかかわらず、杏奈は一切をひとりで抱え込もうとしていた。
女はすぐに嘘をつき、暇さえあれば人の悪口ばかり言って喜んでいる生き物だ。
嵐士はこれまでの経験上、嫌というほどそれを学んできた。
だが、目の前にいる杏奈はどうだ。
誰かを乏しめようとはしないし、強力な後ろ盾もあるというのに、はなから頼ろうとしていない。
(……すげー。強い女)
瞳孔が開くほど、嵐士の感情は昂ぶっていく。
真綿で包まれるように、大切に育てられてきたはずの杏奈。
隼人に守られるだけのお姫様ではない彼女の魅力に、嵐士の心は一瞬にして引きずり込まれてしまった。