先輩上司と秘密の部屋で
そして嵐士は、ある日衝撃的な光景を目の当たりにした。
授業をサボりたくて保健室に向かった嵐士は、中から隼人の声が聞こえて、ドアを開ける手を途中で止める。
ベッドに隼人が腰かけ、すぐそばに制服姿の女がこちらに背を向けて立っていた。肩の長さに揃えられた黒髪。
切った本人がここいる。見間違えることなどあるはずがない。
「杏奈……」
切なげな声でその名前を呼んだ隼人の姿が、嵐士の瞳へ鮮明に写りこんでくる。
ひどく頼りない表情だった。いつもみんなの前でにこにこ明るく振舞っている隼人の姿は、どこにもない。
隼人の両手が杏奈の腰に回っていき、ふたりの身体が次第に密着する。
杏奈の白くて細い指は、隼人の柔らかな髪をゆっくり撫でていた。
まるで恋人同士のような甘い雰囲気に、嵐士は思わず息を呑む。
実の兄妹がこんなふうに抱き合ったりするものなのかと、世俗的な考えが頭の中をぐるぐると巡っていた。
「……俺から離れないで」
絞り出すように呟かれた言葉が、嵐士の心を痛いほどしめつける。
杏奈に深入りするべきではないと、はじめからわかっていた。
毎日祖父の家で孤独に耐え、生まれてこなければ良かったと自分を蔑んだ日々。
そこから救い出してくれた隼人を裏切ることなんて、嵐士にはどうしても出来なかった。