先輩上司と秘密の部屋で
杏奈を見つめる、慈愛に満ちた優しい瞳。
どれだけ大切な存在か、今まで嫌というほど聞かされてきた。
“妹は誰にも渡したくないなー”
それが口癖で、普段温厚な隼人が唯一冷たい表情を浮かべる瞬間だ。
女なんてかわりは他にいくらでもいるし、そもそも単なる気の迷いですぐに忘れて気にしなくなると、その時嵐士は軽く考えていた。
わざと嫌われるような態度をとり、杏奈が近づいてこないように予防線を張っていく。
でもそれは、嵐士の想像以上に重労働だった。
杏奈が怯えるような表情を見せる度、切り刻まれるような痛みが胸に走る。
嵐士はそれに気がづかないふりをして、なんとかやり過ごすしかなかった。
卒業してしまえば、もう会うこともほとんどない。
隼人の妹に、関わることは二度とない。
何度も自分に言い聞かせながら、嵐士は杏奈を遠ざける道を選択した。
時折思い出した時に、微かな胸の痛みを覚えることはあったけれども。
あの時友情を選んだことを、嵐士は後悔していないはずだった。