先輩上司と秘密の部屋で
「……俺、すぐ出てくわ」
「なんで? 別に構わないよ。なんならさ、杏奈と三人で暮らそう」
隼人の言葉に、嵐士は軽い目眩を覚える。
なぜなら嵐士は今、隼人のマンションに居候している状態だ。
契約更新と、会社までの距離、交通の便。
ちょうど引越しを考えていた時期だった。
放っておけば食事も取らないほど憔悴しきっていた隼人の面倒を見ているうちに、広いマンションの居心地がよくて住み着いてしまった。
それが、杏奈のいない二週間のうちに起こったことだ。
「叔父から譲り受けたものだから、家賃もいらないし」
「そういうわけにはいかない」
杏奈のことを抜きにすれば魅力的な話で、嵐士の心は揺らぐ。
(大体こいつ……赤の他人の俺と杏奈を住まわせるなんて、不安じゃないのか?)
胸の前で腕を組んでため息をついた嵐士は、苦渋に満ちた表情を浮かべていた。
隼人は俺のことを、試しているのかもしれない。
「嵐士だから、信用してる」
そう言って人好きのする笑顔を浮かべた隼人の顔を、嵐士は真っ直ぐに見返すことが出来なかった。