先輩上司と秘密の部屋で
act.2 彼らの噂
(……俺は……見るつもりなんて、これっぽちもなかったんだ……っ)
一体、誰にそんな言い訳をしているのだろう。
突然教育係をやりたいなんて言い出した黒谷の真意をまざまざと見せつけられて、手の震えが止まらなくなる。
門倉慎二(かどくらしんじ)は少し冷静になって考えた後、自分の頭を思いきり抱えてしまった。
黒谷がオフィスから出て行ったあと、門倉はずっと杏奈の様子が気になっていた。
膝の上で握り締めている小さな手が、カタカタと小刻みに震えている。
杏奈はまるで、捨てられた子犬のようにつぶらな瞳を潤ませていた。
黒谷は確かに顔だけはいいが、普段からクスリとも笑わないつまらない男だ。
そんな奴に指導を仰がなければいけないのだから、杏奈が怯えてしまうのも無理はない。
先輩風を吹かせて、門倉は杏奈に“俺がコーヒーでも入れてきてやるよ”と頼まれてもいないことを申し出た。
だから給湯室になんて行こうとしなければ、こんな場面に出くわすこともなかっただろう。
通りかかった多目的ルームのドアは上部がガラス張りになっているから、誰かが中で寄り添っているのがバッチリ見えてしまったのだ。
おいおい昼から……と好奇心で中を覗いてしまった門倉は、五秒後に後悔するはめになる。