先輩上司と秘密の部屋で
杏奈は“噂”というものに人一番敏感だ。
自分の知らないところで話が作り上げられ、あたかも本当のことのように拡散される恐怖。
高校時代に受けたそのトラウマは、今もなお杏奈の心に深く根づいていた。
「それは、その……」
あまりにも不安げな表情で訪ねてくる杏奈を見て、門倉は良心の呵責に苛まれる。
ショックのあまり泣き出されたらどうしようと、真実を打ち明ける決意が揺らいでしまった。
「もう、笑っちゃうような話なんだけどね。隼人くんと黒谷くん、実はデキテるんじゃないかって」
躊躇なく美那が言い切った瞬間、門倉は額を手で覆いながら強く目を瞑ってしまう。
この女に気遣いを期待した俺が馬鹿だったと、激しい後悔の波が門倉に打ち寄せていた。
「あのふたりって常に一緒にいるし、恋人がいるって話も聞かないから。やっかんだ女子社員が、そんなくだらない噂でっち上げてるのよ」
杏奈は唐突に片手で口を覆い、身体を前かがみに折り曲げて息を殺した。
想像しただけで胸が苦しくなる。もうこれ以上聴きたくないと、目を固く瞑っていた。
「あ、杏奈ちゃん大丈夫!? ほ、ほら、人それぞれ……恋愛は自由なものだし」
「……ぶはっ!」
真剣にフォローを入れてきた門倉がトドメだった。
もうこれ以上堪えきれないと、杏奈は盛大に吹き出してしまった。