先輩上司と秘密の部屋で
「その手何? 杏奈に気安く触らないでくれる?」
恐る恐る振り返った門倉の瞳に、ぞっとするほど美しい笑顔を携えた隼人の姿が飛び込んでくる。
傍から見れば、嫌がる杏奈に門倉が無理やり迫っているようにでも見えたのだろう。
隼人は奥ゆかしい表情の裏に、隠しきれないほどの怒気をみなぎらせていた。
「別に……俺は何も……っ」
即座に杏奈から手を離した門倉は、普段は穏やかな隼人の変貌ぶりに、圧倒されてしまう。
それでなくとも、隼人が嵐士に弱々しくしなだれかかっているところを、門倉はしっかり目撃している。
だから疚しいことは何もしていないにも関わらず、なんとなく目を泳がせてしまった。
「門倉くんね、さっきから杏奈ちゃんのこと、なんだか必死で口説いてるのよ」
「……へぇ」
「こ、香月! そうやって事実を歪曲するな……!」
隼人のすぐ後ろに、門倉に対して冷ややかな視線を向ける人物がもうひとり、静かに佇んでいる。
相変わらずの無表情で、考えていることなどおくびにも出さない 。
門倉がピンチの状態に追い込まれているにも関わらず、杏奈は精悍な嵐士の姿に目が釘付けになっていた。