先輩上司と秘密の部屋で
言われるがまま、杏奈は嵐士を洗面所まで案内した。
さらにハサミの場所を聞かれ、洗面台の収納から取り出したものを嵐士に差し出す。
「そのままな」
鏡の前で直立不動にさせられた杏奈は、黙ってその言葉に従った。
シャキン、という音が響く度、杏奈の髪が宙を舞っていく。
(今一体、何が起きてるんだろ……)
杏奈は頭の中で、ひたすら混乱していた。
不揃いだった髪が、なぜか嵐士の手によってみるみるうちに整えられていく。
セミロングだった杏奈の髪は、最終的に顎までの長さに切り揃えられていた。
「……すごい……」
意外な嵐士の特技に、杏奈は目を輝かせる。
しつこく追求するようなことはせず、髪を整えてくれた嵐士の温情に心が震えた。
この人は間違いなくいい人だ。
噂なんてやっぱりあてにならないと、杏奈はこの時改めてそう思った。